穴窯陶芸家−焼き締め陶芸家−群馬県高崎市郊外の榛名山麓に穴窯築窯−珠洲焼き−須恵器−燻焼きをした信楽焼き

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〜 Profile  作者紹介 〜

土屋弘喜

 群馬県前橋市生まれ。

 仕事の傍らに全国各地の陶芸家や窯元を訪ねながら独自に陶芸技術を取得してエンジニアから陶芸家に転進。

 2007年に群馬県高崎市郊外の榛名山麓(旧榛名町)に穴窯を築窯。焼締めを主体とした作陶を続けている。

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紹介写真3 これは何焼きですか?とよく聞かれますが、とても返答に困ります。最も近いのは「珠洲焼き(すずやき)」になると思います。

 珠洲焼きは平安時代から室町時代にかけて能登半島の先端にある珠洲地方で焼かれた焼き物です。その後衰退し廃絶したのですが、近年になって復活し、現在では10基以上の窯元があるようです。

 日本で陶器が窯を使って焼かれたのは古墳時代からで、朝鮮半島から伝わった焼成技術と言われています。当時の遺跡から出土した陶器は「須恵器(すえき)」と呼ばれています。珠洲焼き須恵器に最も近いとされている古典的で素朴な焼き物です。

 珠洲焼き須恵器の大きな特長は、火を止める段階で酸欠状態にする 燻焼き(くすべやき、または、いぶしやき) です。燻焼きにより鉄分を含む赤土が灰黒色に変化して、素朴な色合いの作品になるのです。

 よく目にする黒色の屋根瓦を、いぶし瓦と呼びますが、いぶし瓦こそ現代の須恵器と呼べるでしょう。いぶし瓦の製造方法は、もちろん現代は機械化されていますが、焼成工程は須恵器とほぼ同様のようです。珠洲焼きは、いぶし瓦より高温で焼いています。

 私の焼き方は珠洲焼きの特長が良く当てはまり、また、出来上がった作品の色合いも近いことから、”最も近いのは珠洲焼き”となります。

紹介写真4 しかし、陶芸好きな人でも珠洲焼きを知っている人は少ないため、普段は”燻焼きをした「信楽焼き(しがらきやき)」”と表現しています。信楽地方から取り寄せた土を多く用いていますし、火を止めるまでの焼き方は信楽焼きに近いからです。

  

 なお、燻焼きにより赤土が赤褐色から灰黒色に変化することは、一般に知られています。

 珠洲焼き以外でも時折、燻焼きをする作家を見かけます。私と同じ群馬県には、これを、”須恵器”と名付けている人がいますが、実際には須恵器ではなく、珠洲焼きに近い燻焼きでした。

 須恵器を製作している陶芸家は少ないですが、各地にいるようです。須恵器と名付けている作家は須恵器の”素朴な味”を残すために、窯の燃焼温度を最高で1200℃程度に止めているようです。

 須恵器以外の燻焼きでは”黒陶”とか”備前須恵”とか名前を付けている人もいます。作品を見たところ、燃焼温度は須恵器より高温のようです。また、普段は普通の焼き方をしていても、時々、燻し焼きをして黒色系統の作品を製作する作家もいます。

  

 私は、まだ自分の焼き物に名前を付けていません。私のこだわりは焼締めです。「備前焼き」でも「信楽焼き」でも「珠洲焼き」でもない独自の焼締め作品を目指しています。

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